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「ひとりごと」

032 大人になること 2009.05.28

 世界的な景気後退の影響からか、繁華街が少し静かになってしまいました。6月は祝祭日もないし、もっと寂しくなるかもしれません。まあでも、日本の豚インフルエンザ騒ぎもだいぶ飽きてきたみたいですし、ストレス発散に旅行に出かける人も増えてくるのではと期待しています。

 さて、久しぶりに「ひとりごと」でも書いてみますかね。テーマは「大人」です。あなたは、どういうときに「大人だなあ」と感じますか?ちょっとそういったことを考えさせられる出来事が日常にあったもので、私も考えてみましたよ。

 そして結論は、「必要性を感じなくなったとき」ということになりました。子供のころ、あれもこれも必要だったのです。このおもちゃも、あのおもちゃも。だから、こっちで遊んでいるのに、あっちのおもちゃを他の子に貸すことができない。

 また、あの食べ物もこの食べ物も必要だったのです。テーブルの上にチョコレートやキャラメルでもあろうものなら、誰のものかなど考える余裕もなく、取って食べてしまってました。ご馳走だったりすると、腹が破れそうなくらいに食べて、あとでどれだけ苦しんだことか。

 そして、最も必要だったのが親の愛情です。親から愛されることが、何より必要でした。兄弟姉妹からも奪い取りたいくらいに。親から愛されないことは、死ぬことと同じかそれ以上に、不安で苦痛なものと思っていたのです。


 それが大人になるにつれ、少しずつ必要なものがなくなってきました。好みはありますけど、必要ではありません。電車に乗って、席が空いていればいいけれど、どうしても座らなければならないこともありません。空いた席が必要ではないのです。

 あれだけ必要としていた親の愛情も、今となってはどうでもいいくらいになりました。食べ物も、あれが食べたい、これが食べたいと思うこともなくなりました。どこそこへ行きたい、何かをして遊びたいなどという欲求も、それほど深刻なものでもありません。

 性欲すらも、何が何でもセックスしたいという気持ちもなくなりましたねえ。してもいいし、しなくてもいい。なんにしても「こだわり」というものが少なくなりました。もちろん三度の飯よりゴーゴーバーが好きですけど、仮に行けないとしても、まあまた明日があるさと鷹揚にかまえていられます。


 必要性がなくなると、自由になるのです。人と競う必要性も感じませんから。他の人が、私が所有しているものをどうしてもほしいと言えば、さあどうぞと渡すこともできます。楽でいいですよ。大人になったなあと思います。

 以前は、占有権みたいな気持ちがあって、席を譲れなかったのです。「おまえは後から来たんだろう」みたいに、頑として動かなかったのです。これは苦しいです。今は、「まあいいか」と席を譲ることもできるし、「また来よう」と席を立つこともできます。


 世間の常識とか社会的な慣習さえも、縛られる必要性を感じることが少なくなりました。たとえば、結婚したら他の人とセックスしてはいけない、なんて常識も関係なくなりました。常識に縛られる必要性がないのです。別に他の誰かから非難されようと、知ったこっちゃないし。

 常識だから、慣習だから、そういった理由で守らなければならないと思うから苦しいのです。自由がなくなるのです。それでも自分の中には別の欲望があるので、都合の良い理由をつけて、自己正当化しようとするのです。

 恋人や伴侶を縛り付けたいと思うから、それらが必要だと思うから、逆にウソをつくのです。それらが特に必要でないとすれば、ウソをつかなくてもいいですよね。「私は、結婚していても他の女性と時にはセックスしたい。」と言えばいいのです。

 それを受け入れてくれるなら、関係を続ければいいし、受け入れてもらえないなら、別れればいいだけじゃありませんか。「子供がいるから別れられない」とか、「社会人としてそんなことは公にできない」など、理由はいろいろつけられますが、要は捨てられないだけのこと。あのおもちゃも、このおもちゃも必要なのです。


 必要性がなくなれば、自由になります。自由になれば、自分を理由に行動できます。「私はあなたを一番大切にしたい。あなたが他の女性と関係を持つことを嫌うなら、私はあえてあなたが嫌うことをしない。なぜなら、私はあなたを愛したいから。」世間の常識が理由ではなく、自分の動機を根拠にするから、自由なのです。

 これは言葉どおりです。相手に、「私はこれだけのことをしてやったのだから、あなたも同等なことをすべきだ。」とは考えません。もしそう考えたら、相手の特定な行動を必要としていることになります。「私は、自分がそうしたいからそうする。あなたは、あなたがしたいようにすればいい。」それが本当の自由だし、何も必要としないということでしょう。


 そうなれば、相手が何かをしないから愛さないなどと脅すこともありませんよね。相手には相手の自由があることを、認められるようになります。自分が自由になれば、相手を解放してあげられます。

 恋人や伴侶が浮気をした。いいじゃありませんか、それくらい。浮気をすることは良くないという価値観は、自分だけのものにしておけばいいのです。自分の相手として認められないなら、別れればいいだけです。恨むことも怒ることも、嘆くことも必要ありません。

 自分は嫌だけど、相手は相手の好きなようにすればいいと思えば、好きなように浮気させておけばいいのです。何も必要でなければ、それができるでしょう。そして、そういう自由な気分を味わったとき、大人になったなあと私は思うのです。





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